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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)197号 判決 1994年10月13日

東京都新宿区高田馬場2丁目14番30号

原告

情報学園教育事業株式会社

同代表者代表取締役

小林光俊

同訴訟代理人弁理士

清水敬一

清水陽一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

長谷部善太郎

山川サツキ

中村友之

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第3633号事件について平成4年8月5日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年7月11日名称を「時計文字板付絵本」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(昭和59年実用新案登録願第103770号)をしたところ、平成2年12月19日拒絶査定を受けたので、平成3年2月28日審判を請求し、平成3年審判第3633号事件として審理されたが、平成4年8月5日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がありその謄本は、同年9月9日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

長針の360°の回転に対して短針が30°回転する歯車装置を設けた時計文字板を、裏表紙の内面に固着し、表紙及び残りの全ページの該文字板対応位置に円形開口を形成した時計文字板付き絵本(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  昭和35年実用新案出願公告第8923号公報(昭和35年5月2日出願公告、以下「引用例1」という。)には、「絵本の表表紙に、長針及び短針を軸着した透明板とその周囲に時計文字盤とを設け、各頁には該文字盤に対応する位置へそれぞれ窓孔を穿設した時計絵本」の考案(別紙図面2参照)が、昭和33年実用新案出願公告第1614号公報(昭和33年2月12日出願公告、以下「引用例2」という。)には、「歯車装置により、長針が360°回転する間に短針が30°回転するようにした学習用時計盤」の考案(別紙図面3参照)が、それぞれ記載されている。

<2>  本願考案と引用例1記載の考案とを対比すると、両者ともに、「表紙に時計文字板及び針を設け、他の頁の該文字板対応位置に円形開口を形成して、絵本のどの頁を開いても時計の針及び文字板が見えるようにした時計文字板付き絵本」である点で一致し、次の点で相違する。

(a) 針及び時計文字板が、前者においては、双方とも裏表紙の内面に設けられているのに対し、後者においては、表表紙に設けられた透明板に針が設けられ、その周囲に時計文字板が設けられている。

(b) 針が、前者においては、歯車装置により、長針の360°の回転に対し短針が30°回転するのに対し、後者においては、そのような手段が設けられておらず、単に指で針を動かすものである。

<3>  上記相違点について、検討する。

(a) 本願考案は、絵本のどの頁を開いても時計の針及び文字板が見えることが目的であるから、その目的を達成するために、針と文字板を、引用例1記載の考案のように表表紙に設けるか、あるいは本願考案のように裏表紙の内面に設けるかは、単に設計的事項にすぎず、しかも、裏表紙は更にその裏側から見ることは普通は考慮する必要がないから、針を軸着する際に透明板を設ける必要もなく、したがって、この点は当業者が適宜設計すれば足る程度のことである。

(b) 実際の時計は、長針が360°回転する間に短針が30°回転するものであり、しかも、引用例2記載のように、歯車装置を用いて長針が360°回転する間に短針が30°回転するようにした時計盤は公知であるから、これを、引用例1記載の絵本に設けられた時計文字板に適用して、実際の時計に似るようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のものである。

<4>  そして、本願考案の構成を採用したことによる作用効果が格別優れているとも認められない。

<5>  以上のとおり、本願考案は、引用例1及び2に記載された考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、本願考案の要旨、引用例1及び2の記載内容、本願考案と引用例1記載の考案との一致点及び相違点の認定は認めるが、審決は、以下の点で相違点に対する判断を誤り、また本願考案の顕著な作用効果を看過し、もって本願考案の進歩性を誤って否定したもので、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1-相違点(a)に対する判断の誤り

本願考案は、実際の時計のように、角度比12対1、すなわち、長針が360°回転する間に短針が30°回転する歯車装置を含む時計文字板を絵本に設けることにより、絵本の内容を通じて、幼児に時計に興味を持たせ、実際の時計の動作機能を学習させる作用効果を生じさせることを目的として考案されたものである。

これに対し、引用例1記載の考案は、絵本の表表紙に長針と短針とが個別に回転する時計文字板を設けたものにすぎないから、幼児に実際の時計の動作機能である長針と短針との回転角度比を認識させることはできない。

したがって、本願考案は、時計文字板を絵本の裏表紙に設けることによって前記のような格別の作用効果を奏するものであるから、時計の針と文字板を表表紙に設けるか、裏表紙の内面に設けるかは単に設計事項にすぎない、とした審決の判断は誤りである。

(2)  取消事由2-相違点(b)に対する判断の誤り

引用例2記載の考案は、長針が360°回転する間に短針が30°回転する歯車装置を有する時計盤であるが、学童を対象とする学習用時計盤であって、絵本ではなく、このような時計盤を絵本に設ける構成は、本出願前知られていなかった。

そして、引用例2記載の考案における歯車装置は、中間歯車5a、5b、小歯車6、軸受板10及び内接歯車13を有する中間板14を設けたものであり、部品数も多く、組立てに相当の時間を要し、時計盤の外径も大きくなるから、このような時計盤の歯車装置を絵本に取り付けることは、非常に困難である。

本願考案では、このような歯車装置を含む時計文字板を薄くすることにより絵本の裏表紙の内面に固着する構成を採用可能としたものである。

しかも、引用例1記載の考案は、幼児を対象とする絵本であって出版業における「玩具」に属するのに対し、引用例2記載の考案は、学童を対象とする時計盤であって文房具業における「学習用教材」に属するから、全く技術分野を異にし、絵本出版の技術分野の当業者は簡素化された時計の動作機構に関する技術的な知識を持っていない。

したがって、引用例1記載の考案において、引用例2記載の考案に示された時計盤の歯車装置を簡素化して取り付けることは、当業者がきわめて容易になし得ることではない。

しかるに、公知の時計盤を引用例1記載の絵本の設けられた時計文字板に適用して、実際の時計に似るようにすることは、当業者が必要に応じ適宜なし得る程度のものとした審決の判断は誤りである。

(3)  取消事由3-顕著な作用効果の看過

本願考案は、上記のように、実際の時計と同じ12対1の角度比で回転する歯車装置を含む時計文字板を絵本の裏表紙の内面に設けることにより、絵本の内容を通じて、幼児に時計に興味を持たせ、実際の時計の動作機能を学習させるという顕著な作用効果を奏するものである。

これに対し、引用例1記載の考案は、絵本であるがその表表紙に長針と短針とが個別に回転する時計文字板を設けたものにすぎず、また、引用例2記載の考案は、実際の時計と同じ12対1の角度比で回転する時計盤であるが、学習用時計盤であって、絵本ではない。したがって、本願考案は、引用例1及び2記載のそれぞれの考案が持つ作用効果の総和以上の優れた作用効果を奏するものである。

しかるに、本願考案の構成を採用したことによる作用効果が格別優れているとも認められないとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1について

絵本の裏表紙の内面に物品を取り付けて、裏表紙を除く各紙葉の該物品該当箇所に一連の窓孔を形成し、どの頁からもその物品を使用できるようにした絵本の構成は、昭和34年実用新案出願公告第4011号公報及び絵本「みーちゃんのにちようび」(大日本絵画1983年発行)にみられるように、本出願前既によく知られた構成であり、しかも、裏表紙の内面という位置を選択することによって、はじめて歯車装置を含む時計板を絵本に組み込むことを可能にしたというものでもないから、時計を裏表紙に設けることは単なる任意的選択事項といえる。

したがって、針と文字板を、引用例1記載の考案のように表表紙に設けるか、あるいは本願考案のように裏表紙に設けるかは、単に設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

本願考案の要旨は、単に「歯車装置を設けた時計文字板」を絵本に設けたとするだけであり、何ら歯車装置の具体的構造を特定するものではない。そして、「歯車装置を設けた時計文字板」という点では引用例2記載の考案も同じである。引用例2記載の考案における歯車装置を絵本に組み込むことは、部品の数、大きさの点で困難であるという原告の主張は、本願考案の要旨に基づかないものであって、根拠がなく失当である。

また、引用例1及び2記載の考案とも、模擬時計を使って時間の概念を子供に教えるという目的で一致している。そして、学習を目的とする以上、その模擬時計を通常の時計に近づけようとすることは自然な発想であるし、その模擬時計をどの程度のものにするかは、対象とする子供の学習程度に応じて当業者が適宜決め得るものといえる。

歯車装置を有する絵本が本出願前に存在したか否かに関係なく、引用例1に開示された絵本の模擬時計を、時計の学習という課題で共通する引用例2に開示された歯車装置を有する模擬時計にする程度のことに困難性は認められない。

しかも、引用例2記載の考案における歯車装置は薄いものであり、絵本に歯車装置を取り付けることができないとする特別の事情も見出せないし、絵本の大きさも特定されていないのであって、絵本に歯車装置を組み込めないとする原告の主張には根拠がない。

したがって、実際の時計と同じ12対1の角度比で長針と短針とが回転する歯車装置を有する時計盤を、引用例1記載の絵本の時計に適用することは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のものであるとした審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

引用例1には、連動はしないが回転可能な長針と短針を持つ時計を設けた絵本が開示され、各頁に時刻と関係のある絵を書いて置けば、時刻の観念を幼児に教えるのに好都合であるとの作用効果が記載されており、絵本の物語に合わせた時刻を表示するという作用効果があることは明らかである。

引用例2には、実際の時計と同じ12対1の角度比で長針と短針とが回転する歯車装置を有する時計盤が開示されているので、実際の時計の動作機能を学習させる作用効果があることは明らかである。

したがって、本願考案の奏する作用効果は、引用例1及び2に記載の考案が奏する作用効果の総和の範囲内であるから、本願考案の構成を採用したことによる作用効果が格別優れているとも認められないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、引用例1及び2の記載内容、本願考案と引用例1記載の考案との一致点及び相違点の認定も、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願考案について

甲第2号証(実用新案登録願)、同第3号証(平成2年4月10日付手続補正書)、同第4号証(平成3年2月28日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願考案の目的、構成及び作用効果として、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願考案は、絵本に時計文字板を組み込んだ、いわゆる「遊ぶ絵本」に関するものであり(明細書1頁11行、12行)、長針の360°の回転に対して短針が30°回転する歯車装置を設けた時計文字板1を裏表紙2の内面に固着し、表紙及び残りの全ページの文字板対応位置に円形開口3を形成した時計文字板付き絵本(平成3年2月28日付補正書2頁2行ないし6行)である。

(2)  その構造を図面によって説明すると、別紙図面1の第1図は、絵本を開いた状態を示す斜視図で、裏表紙2の内面に文字板1が固着され、この対応位置の裏表紙を含む全ページに円形開口部3が形成され、文字板1の裏面には歯車装置4が組み込まれている。別紙図面1の第2図は、文字板1の裏面に組み込まれた歯車装置を示す平面図で、長針に連結された第1歯車5は直径の大きい第2歯車6にかみ合い、この第2歯車6と同軸に固定された第3歯車7は短針に連結された直径の大きい第4歯車8とかみ合っている。これらの歯車列は長針の360°の回転に対し短針が30°回転するように設計されている。別紙図面1の第3図は、この歯車装置の裏面に嵌合されるカバーの平面図である(明細書1頁18行ないし2頁12行)。

(3)  本願考案は、その要旨とする構成を採用した結果裏表紙以外に設けられた円形開口部を通して全ページに文字板が現れるので、文字板上の時刻に合わせた幼児の挙動及び会話を、適当な図柄及び文字などに印刷すれば、子供に文字板の読み方を教えると同時に、絵本に対する子供の興味を一層増進させることができ、その際、長針と短針とが実際の時計と同じ角度比で回転するので、絵本を見ながら長針と短針の正確な回転状態を認識させることができる(明細書2頁13行ないし19行、平成2年4月10日付手続補正書3行ないし8行)。

2  引用例1記載の考案について

甲第5号証(昭和35年実用新案出願公告第8923号公報)によれば、引用例1は、名称を「時計絵本」とする考案に係るものであるが、実用新案登録請求の範囲には、別紙図面2の図面に示す「絵本1の表紙2に円形窓孔3を穿設すると共に透明板4を張設しその中心に長針5及び短針6を軸着し又該窓孔3の周囲に時計文字盤7を表裏に記し又各頁8へは該文字盤7に対する位置へそれぞれ窓孔9を穿設した時計絵本の構造」(右欄9行ないし14行)と記載され、実用新案の説明には、「各頁8には文字盤7に対応する位置にそれぞれ窓孔9を設けたからどの頁を開いても窓孔9を透して時計がみられ興味があると共に各頁へ時刻と関係ある絵を描いて置けば時刻の観念を幼児に教えるのに好都合である等の効果がある。」(右欄3行ないし7行)と記載されていることが認められる。

3  引用例2記載の考案について

甲第6号証(昭和33年実用新案出願公告第1614号公報)によれば、引用例2は、名称を「学習用時計盤」とする考案に係るものであるが、実用新案登録請求の範囲には、別紙図面3の図面に示す「軸受鈑10の両端に穿設せられた2個の楕円孔11に同径同歯の中間歯車5a、5bの軸12をそれぞれ遊嵌し、両歯車5a、5bを外側は中間盤14に穿設した内接歯車13、内側に回動軸7に固定した小歯車6にそれぞれ齧合せしめ、中間盤14の表面及び裏面には周辺に沿う環状隆起部2を有する表面盤1及び前記軸12の一端に対応する環状隆起部4を有する裏面盤3をぞれぞれ重合固定し、表面盤1の背面及び環状隆起部4間に前記中間歯車5a、5bの軸12を滑動自在に支承せしめ前記軸受鈑10の枢軸15及び回動軸7の上端には表面盤1上に於いてぞれぞれ短針9及び長針8を嵌着し、前記小歯車6、中間歯車5a、5b及び内接歯車13の歯数の比を1対6対12としてなる学習用時計盤の構造」(1頁右欄20行ないし末行)と記載され、実用新案の説明には、「本案に於いては複雑なる齧合連動機構を避け極めて単純化せられている為に、学習用として低学年児童に容易に長、短針相互の関連性を理解させ得る特徴を有する」(同欄8行ないし11行)と記載されていることが認められる。

4  取消事由1について

原告は、審決が、相違点(a)について時計の針と文字板を引用例1記載の考案のように表表紙に設けるか、本願考案のように裏表紙の内面に設けるかは、単なる設計的事項にすぎないとしたことは、誤りであると主張する。

しかしながら、乙第1号証(昭和34年実用新案出願公告第4011号公報)によれば、名称を「算数器附絵本」とする考案には、「算数器…を裏表紙…に取付けて該算数器…を窓孔…内に収容するようにした算数器附絵本の構造」が示されており、同第2号証(1983年大日本絵画発行、「みーちゃんのにちようび」と題する絵本)によれば、絵本の裏表紙の内面に長針と短針を手動させる時計盤を取り付け、これを各頁に穿設された窓孔から見ることができる絵本が発行されていることが認められ、そうすると本出願時絵本の裏表紙の内面に物品を取り付けて、裏表紙を除く各頁の該物品該当個所に一連の窓孔を形成し、どの頁からもその物品を使用もしくは見られるようにした絵本の構成は、よく知られた構成であったということができる。

そして、絵本に取り付けられるような形態の歯車装置を含む時計盤を製作した場合、これを表表紙に設けるか、裏表紙に設けるかは、絵本を開いたとき単に時計盤の位置が左頁にくるか右頁にくるかの違いにすぎず、絵本の体裁、文字板の向き、図柄の組合せ等を考慮して適宜決定し得るものであって、奏する作用効果に格別の差異が生ずるものではない。

したがって、相違点(a)について、時計の針と文字板を表表紙に設けるか、裏表紙に設けるかは単なる設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。

5  取消事由2について

原告は、審決が、相違点(a)について長針と短針とが実際の時計と同じ角度比で回転する時計盤は公知であるから、これを絵本に設けられた時計文字板に適用して、実際の時計に似るようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のものであるとしたことは、誤りであると主張する。

しかし、前記のように、引用例1には、「時刻の観念を幼児に教えるのに好都合である等の効果がある」との記載があり、引用例2には、「学習用として低学年児童に容易に長、短針相互の関連性を理解させ得る特徴を有する」との記載がある。たしかに、各引用例のそれぞれの考案の名称をみると、引用例1記載の考案は「時計絵本」であるのに対し、引用例2記載の考案は「学習用時計盤」である点で相違するが、教材という面からみれば、絵本も幼児用の教材として認識できるものであり、学習用時計盤も教材であり、両者は、模擬時計を使って時間とか時計の概念を子供に判らせることを目的とした考案である点で一致しているということができ、かつ、対象とするレベルが幼児であり、あるいは低学年児童であるといっても、受け取る子供の側の発育や興味の程度によって使用される形態が異なることは当然考えられることであって、両者の間に、截然とした区別があるとは解されない。

そうであれば、引用例1記載の考案において、引用例2記載の考案に開示されたような公知の時計盤を適用して、長針が360°回転する間に短針が30°回転する歯車装置を含む時計文字板とすることは、当業者が必要に応じきわめて容易になし得る程度のことというべきである。

原告は、引用例2記載の考案における歯車装置は、部品数も多く、組立てに相当の時間を要し、時計盤の外径も大きくなるから、このような時計盤の歯車装置を絵本に取り付けることは、非常に困難であり、本願考案では、このような歯車装置を含む時計文字板を薄くすることにより絵本の裏表紙の内面に固着する構成を可能にした旨主張する。

しかし、前掲甲第6号証によれば、引用例2記載の考案において、その時計盤の大きさ、厚さについては、格別の限定がないから、これを本願考案のような絵本の設けるために、適宜の大きさないし厚さとすることは、技術的に困難であるとの特別の事情も見出しがたく、一方、本願考案は、時計文字板の構成については、「長針が360°の回転に対して短針が30°回転する歯車装置を設けた時計文字板」と規定するのみであって、その歯車装置の具体的構成を要旨とするものではない(前記1(2)は願書添付の図面に示された本願考案の実施例であって、本願考案における歯車装置はこのような構成のものに限定されない。)から、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は、引用例1記載の考案は、幼児を対象とする絵本であるのに対し、引用例2記載の考案は、学童を対象とする時計盤であって、全く技術分野を異にし、絵本出版の技術分野の当業者は簡素化された時計の動作機構に関する技術的な知識を持っていないから、引用例1記載の考案において、引用例2記載の考案に示された時計盤の歯車装置を簡素化して取り付けることは、当業者がきわめて容易になし得ることではない旨主張する。

しかし、引用例1記載の考案における時計絵本も、引用例2記載の考案における学習用時計盤も、時計に関する子供向け教材という点では技術的に親近性を持つものであり、両考案が模擬時計を使って時間や時計の概念を子供に判らせることを目的とする考案である点でも共通すること前述のとおりであって、絵本に関する当業者が公知の学習用時計盤を引用例1記載の絵本に設けられた時計文字板に適用して、実際の時計と同じような構成とすることは格別困難なこととはいえないから、原告の前記主張は理由がない。

したがって、相違点(b)について長針と短針とが実際の時計と同じ角度比で回転する時計盤は公知であるから、これを絵本に設けられた時計文字板に適用して、実際の時計に似るようにすることは、当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のものであるとした審決の判断に誤りはない。

6  取消事由3について

原告は、本願考案が、引用例1及び2記載の考案がぞれぞれの持つ作用効果の総和以上の作用効果を奏することを看過した旨主張する。

本願明細書には、前記1のとおり、本願考案の作用効果として、「文字板上の時刻に合わせた幼児の挙動及び会話を、適当な図柄及び文字などに印刷すれば、子どもに文字板の読み方を教えると同時に絵本に対する子どもの興味を一層増進させることができる。また、この考案の絵本では実際に長針と短針とが所定の角度比率で回転するので、絵本を見ながら長針と短針の正確な回転状態を認識することができる。」との記載がある。

これに対し、引用例1には、前記2のとおり、連動はしないが、回転可能な長針と短針を設けた絵本が開示され、その作用効果として、「各頁へ時刻と関係ある絵を描いて置けば時刻の観念を幼児に教えるのに好都合である等の効果がある。」と記載されおり、引用例1記載の考案は、絵本の物語に合わせて時間、時計の概念を習得させる作用効果があることが認められる。

また、引用例2には、前記3のとおり、学習用時計盤が開示され、その作用効果として、「本案においては複雑なる齧合連動機構を避け極めて単純化せられている為に、学習用として低学年児童に容易に長、短針相互の関連性を理解させ得る特徴を有する」との記載があり、引用例2記載の考案は、実際の時計の動作機能を学習させる作用効果があることは明らかである。

そうすると、本願考案の奏する作用効果は、引用例1及び2記載の考案が奏する作用効果の総和の範囲内にあるものと認められ、本願考案の構成を採用したことによる作用効果が格別優れているとも認められないとした審判の判断に誤りはない。

7  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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